木の家 波の家
木の家について
木の家を訪ねて(鉤屋造り民家)民家村自然広苑
福岡県福津市にある宮地嶽神社には、「民家村自然広苑」があり、苑内には、日本各地から移築復元した「木の家」を見ることができます。古民家好きにはたまらない場所です。
行った日は6月4日でしたが、自然広苑の中央に菖蒲苑があり、これも古民家と一緒に楽しめます。
鉤屋造り民家(福岡県小郡市大阪井より移築)
この建築法は江戸時代に最も多く取り入れられた様式のものであり、上から見るとL字形(カギ形)をしているところから「鉤屋造り」民家と呼ばれています。
この「木の家」は約200年前に建てられたもので、入り口から右へ「にわ」(土間)、「ごぜん」(中居)、「納屋」が横一列に続き、納屋の前方に座敷が張り出しています。
天井は総て竹簀子(たけすのこ)天井で、特に納屋の竹簀子天井に土を塗籠(ぬりごめ)大和天井にしているところが珍しい「木の家」です。
移築当時、福岡県の小郡市に残っていた最古の「鉤屋造り」民家で九州の「木の家研究」にとって貴重な資料です。
面積91,8平方メートル、旧中島治市邸。復元指導:九州産業大学 佐藤正彦教授。移築年月日 昭和54年4月
資料:民家村自然広苑・解説パネルより
木と土と紙で作られた芸術「日本の木の家」
日本の自然を大切にした家作りを目指している私達セイケンハウス株式会社にとって「鉤屋造り民家」は、日本のスタンダードな「木の家」を研究する貴重な資料になりました。
かつて、ブルーノ・タウトが「桂離宮」に感動したように、
古民家には、自国の建築なのに異文化のような感動が溢れています。もはや今の日本人は「外国人」と言っていいほど日本の伝統を知らない。まるで、千尋という女の子が千という名前で別世界で生き、記憶が薄れていく「千と千尋の神隠し」のように家造りの伝統も消えているようです。まさに「日本文化の記憶喪失」と言っても過言ではない。明治維新と大東亜戦争後によって、ゆっくり時間をかけながら西欧化されてしまった社会で日本人が数千年かけて生み出した良い部分までも消してしまった。なんだか、木と土と紙で作られた日本の家が消滅してしまうのは勿体無いと思いました。それは、縄文時代から自然と共に暮らしてきた先祖からの知恵の宝庫。この文化を大切にしたいと思います。
民家村自然広苑は宮地嶽神社と隣接しています。
民家村自然広苑は宮地嶽神社と隣接しており、裏手に専用の駐車場もあります。宮地嶽神社は、福岡県福津市に所在する神社で神功皇后を主祭神とした神社で、最近では「嵐」のTVCMなどでも有名な「光の道」が観光として注目されています。6月は菖蒲の花が咲き、神社にも飾られておりますので、ぜひ、民家村自然広苑を見学される方は、宮地嶽神社に参拝されてはいかがですか?
伝統的な日本の「木の家」が見学できます。
天然の木で構成された家は美しい。
天井は総て竹簀子(たけすのこ)天井。
土を塗籠(ぬりごめ)大和天井にした珍しい造り。
昔はどこの家にも立派な神棚が祀ってあった。
三和土(たたき)は苦塩(にがり)を混ぜて土を浄化する。
民家村自然広苑の菖蒲園(撮影は2020年6月4日)
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福岡県福津市宮司1304(宮地嶽神社の横になります)

木の家について

荒穂神社
横大路家住宅
鉤屋造り民家
木の家 波の家は、福岡のハウスメーカー・セイケンハウス株式会社が運営する研究所です。
私たちは、縄文時代から続く家づくり研究を通じて、急速に発展する生活のなかで見えなくなりつつある
自然や文化をもう一度見直し、人間があるべき姿を取り戻していく活動をしています。