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糸島の歴史
塩土神社(しおつちじんしゃ)鹽土神社(福岡県糸島市志摩芥屋370)
糸島市の神社
ギリシャ神話との類似。日本唯一の神社が糸島に。
プロテウスは、ギリシア神話の海神で「海の老人」と呼ばれ、ポセイドンの子や、ギリシア海の支配者とも言われていますが、日本神話にも「海の老人」と類似した神がいることをご存知ですか?
それが、本日ご紹介する塩土神社の「塩土神」です。
『古事記』では塩椎神(しおつちのかみ)、『日本書紀』では塩土老翁・塩筒老翁と表記し、別名、事勝国勝長狭神(ことかつくにかつながさ)と言われます。
塩土神の別名「事勝国勝長狭」。
全国に塩土老翁を祀る神社がありますが、塩土神社と称する神社はこの糸島が日本で唯一。
また、塩土老翁は、伊耶那岐神の御子とも言われ、海幸山幸神話において、兄・火照命(海幸彦)の釣り針を無くして困っていた火遠理命(山幸彦)に 目無籠を作り、山幸彦を入れて海に投じ、海神の宮へ導いた神。
また、ニニギが降臨した時に、最初の土地を献上したのが塩土老翁「事勝国勝長狭」であり、ニニギが天孫降臨した時に糸島平野が最初に関係あると考えれば、どれだけ糸島が古く歴史を持った場所かわかります。
昔の字で「鹽土神社」と書かれていますが
「塩土神社」と読みます。
塩土神社 塩土神社
塩土神社 塩土神社
入り口が分からず、鳥居を通過して中に入ります。
庚申神を発見しました。
塩土神社 塩土神社 塩土神社 塩土神社
罪や穢れから守るのが祓え。
屋根付きの「お潮井台」と「祓え」の関係。
博多に古くから伝わる風習で「お潮井取り(お潮井汲み)」を聞いたことはありませんか?
山笠などで見たことがある人もいるかもしれませんね。
博多では一般的に“お潮井”とは筥崎宮前の海岸(箱崎浜)の真砂(まさご)のことで、この砂が外出時に事故や怪我から身を清め、災いを払うものとして使われますが、その考え方のルーツは「祓え」からきています。
日本人は、自分と先祖が国の神々とつながっており、私達の本性もまた神性のものと繋がっているという考えを縄文時代から持っていました。この考えが「祓え」で、だから神社では罪、穢れから身を守るために祓いを行います。
手を洗い、口をゆすいで、神社で参拝するのも、山笠の“お潮井”で身を清め、災いを祓うことも同じ意味です。
その屋根付きの「お潮井台」が塩土神社にある意味を考えてください。塩を作っていたという簡単な意味ではありません。もちろん塩は生活に必要なものですが、深いテーマが安曇や海人族の歴史と伝統にあるのです。
T塩土神社と木花之佐久夜毘売。
邇邇芸命の求婚との関係。
天照大御神の孫・邇邇芸命は、木花之佐久夜毘売と笠沙の岬で出逢い求婚される。この舞台が塩土神社の近くにある「幣の松原」と考えています。
地元に木花之佐久夜毘売との関係が多く、そう言えば、以前紹介した糸島の細石神社の御神体も木花之佐久夜毘売でしたね。もしも邇邇芸命が日本を造っていく時のスタート地点が、この塩土神社と関係があるなら歴史のロマンを感じますね。
塩土神社 塩土神社 塩土神社
古代から海洋民族が移り住んだ糸島。
芥屋の語源は製鉄の「けら」。田川の英彦山に野北さんという知人がいますが、先祖は糸島の野北浜で職業が鍛冶屋とのこと。海洋民族が、なんで山に?と思うかもしれませんが、海に浮かべる船を作るために木材がいる。そのため山に海洋民族が入っていく。木を切るには鉄が必要なので製鉄集団も山に入っていく。逆に山の民は生きるために「塩」が必要。だから、山の民と海の民は山の幸と海の幸を交換しながら文化を育んで行きました。
そんな感じで、私達が思っているよりも古代の人々は高度な文化を持っていたし、移動距離も想像をはるかに超えています。
そう言えば、英彦山で思い出しましたが、英彦山でもポセイドンの「三叉の鉾」と類似するものを見ました。
冒頭に塩土の神と類似したプロテウスは、ギリシア神話の海神で「海の老人」と呼ばれ、ポセイドンの子と呼ばれたと言いましたが、もう一人の息子であるトリトンは海神ポセイドンとアムピトリーテーの息子で、なんと法螺貝を吹きます。英彦山の修験者が法螺貝を吹くことに類似します。また、ゼウスに「雷」とポセイドンに「三叉の鉾」をプレゼントしたキュクロープスは製鉄の神で「一つ目」でしたが、何か思い出しませんか?
以前、ご紹介した糸島の旧二丈町にある大田神社の「天目一箇命」が、製鉄で一つ目の神でしたね。地元の一貴山の語源は、この「一箇山」だったとか。糸島には一つ目の神もいらっしゃり、雷山もありますね。私達が想像している以上に糸島には世界中の文化が集まっていたのかもしれません。
塩土神社

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